今週7月17日「まいにちフランス語」応用編では、
18世紀初頭の司祭・思想家、ジャン・メリエの『遺言書』を読みました。
「遺言書」という名前を付けたのはヴォルテール。
メリエが亡くなった後に見つかった膨大な覚書が、後にこう呼ばれるようになったそうです。
今回読んだのは、
旧約聖書『コヘレトの言葉』にあるソロモン王の言葉、
「la condition des morts beaucoup plus heureuse,que celle des vivants.
(死者の境遇の方が、生者の境遇よりもはるかに幸せである)」
を引用しながら、当時の社会を見つめた一節でした。
最初に読んだ時、私は少し驚きました。
「司祭が、こんなことを書くんだ」と。
祈りの言葉というよりも、
生きている人間の苦しみを、そのまま文章に流し込んだような印象を受けたからです。
先生の解説によると、
メリエはルイ14世統治末期の社会の悲惨な現実を、
聖書の一節を借りて批判していました。
正しい人が「悪辣な富める者と地上の権力者」に苦しめられ、迫害される。
そんな現実を前にして、「死者の方が幸せではないか」とまで言わざるを得ない。
その背景を思うと、文章の重みが一気に増します。
今回、もう一つ印象に残ったのが、メリエの文体です。
彼は tant de…(これほど多くの……)
という表現を何度も繰り返します。
この繰り返しは、教会で農民たちに語りかけることを意識した、
祈りのような節回しになっているそうです。
意味だけでなく、音のリズムでも人の心に訴えかける。
ラ・ブリュイエールやモンテスキューでも、文章のリズムの美しさを学びましたが、
メリエのリズムは少し違いました。
美しいというよりも、胸の奥へ静かに積み重なってくるような響き。
だから私は、この文章から「息」ではなく「血」を感じました。
司祭もまた、一人の人間だった、と。
祈るだけでは済まされないほど、目の前の社会に心を痛めていた、と‥。
そう思うと、
この『遺言書』は単なる宗教書ではなく、
一人の人間が現実と向き合った記録のようにも感じられました。
そして、ふと考えます。
「死者の方が幸せだ」とまで言わせてしまう社会とは、どれほど過酷だったのだろう。

私はその言葉を「昔の話」として読み切ることができませんでした。
だからこそ、今も読み継がれているのかもしれませんね。


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