今週の「まいにちフランス語」応用編では、
ヴォルテールの『カンディード』の一節を読みました。
カンディードがスリナムへ向かう途中、行き倒れになった黒人奴隷と出会う場面です。
その男性は、左足と右手を失っていました。
彼はカンディードに、自分がどうしてそうなったのかを話します。
砂糖製造所で働いていて、重い臼に手を挟まれれば手を切り落とされる。
逃げようとすれば、今度は足を切られる。
そして最後に、
「C’est à ce prix que vous mangez du sucre en Europe」※こうしたことと引き換えに、皆さんはお砂糖を召し上がっているのですよ。ヨーロッパでは。
と言う。
……重い。重すぎる。
でも、この文章を読んでいたとき、私はなぜか昔の自分のことを思い出しました。
大晦日の夜、雪の中を帰った
私は以前、某ショップで働いていたことがあります。
今思い出しても、なかなかのブラック勤務でした。
大晦日は夜9時すぎまで仕事。
そして元日は朝9時から出勤。
「年末年始くらい休ませてくれ」と言いたくなりますが、お店は営業しています。
そんなある大晦日、関東に大雪が降りました。
交通網は乱れに乱れたけど、それでも、お店は営業していました。
閉店時間は17時。そこまで働いて、ようやく職場を出る。
外に出てみれば、道路には雪が積もり、電車も遅れまくっていました。
結局、家にたどり着いたのは21時を回ってた。
……いや、無茶苦茶だろう、と。
お正月の代休? そんなものはありません(白目)。
店が開いているということは‥
当時は、それを「仕方ない」と思っていました。
いやいやいや。もちろん、嫌に決まってるよ(笑。
でも、お客さんからすれば、
「大晦日だから買い物をしよう」
「元日もお店が開いている。便利だな」
それだけなんですよね。
店が開いている。
商品が並んでいる。
店員さんが接客してくれる。
その「当たり前」の向こう側に、
雪の中を出勤している人間がいる。
閉店まで働いている人間がいる。
何時間もかけて家に帰っている人間がいる。
そして翌朝、また店を開けるために出勤する人間がいる‥。
そんなことは、お客さんからは見えません。
……こんなことを、私は『カンディード』の砂糖の話を思い出しました。
もちろん、
奴隷制度と私の仕事を同じだと言いたいわけではありません。
あまりにも違いすぎます。
ただ、
「自分が便利に享受しているものの向こう側に、それを支えている誰かがいる」
ということ。
そこだけは、少し似ているように思えました。
そして翌日、ディドロを読み解く
さらに翌日の応用編では、ディドロの『両インド史』の一節を読み解きました。
「Où est-il ?(今その人はどこにいるのか)」
という言葉から始まります。
探しているのは、黒人奴隷の反乱を率いる指導者です。
そして、奴隷制度によって苦しめられている人々について語り、
やがて革命が起こることを思わせる文章が続きます。
ああ、また難しいことが出てきた(笑。
でも、私なりに読んでいて思ったのは、
「誰かが犠牲になっている現実を、社会が見ないままでいることはできない」
ということでした。
苦しんでいる人たちがいる。その人たちの存在を知る。その苦しみに関心を持つ。
そして、「これはおかしい」と思う人が増えていく。
その先に、社会の仕組みそのものを変えようとする力が生まれる。
‥そんなふうに私は受け取りました。
あの大晦日の雪の日から、社会は少し変わったのだろうか?
昔は「年末年始も営業する」「元日から営業する」「雪が降っても店を開ける」
‥ということが、今より当たり前だったように思います。
でも最近では、
「お正月くらい、お店を休んでもいいんじゃない?」
という考え方も、ずいぶん普通になりました。
大雪や台風なら、無理に営業しなくてもいい。
従業員を危険な目に遭わせてまで、店を開ける必要はない。
少なくとも、以前よりはそういう考え方が受け入れられているように思います。
もちろん、社会が変わった理由は一つではありません。
人手不足もありますし、法律や企業側の事情もあります。
だから、「みんなが労働者の苦労に気づいたから働き方改革が起きた」。
‥とまでは言いません。
でも私は、
「便利な生活の裏側で、誰かが働いている」
ということが、少しずつ見えるようになったことも、
こうした変化の一つなのではないかと思いたいのです。
ヴォルテールとディドロで自分の過去を思い出す
ヴォルテールが18世紀に書いた、砂糖の話。
ディドロが書いた、奴隷たちの苦しみと革命の話。
私はフランス語を勉強しながら、それらを読み解きました。
そして突然、
「そういえば私、大雪の日に閉店まで働いていたな」
と思い出した。
ああ、また出てきた、文学の不思議。
何百年も前の文章を読んでいるのに、突然、自分の記憶が引きずり出される感覚(笑。
断っておきますが。
18世紀の奴隷制度と、
私が某ショップで働いていた経験はまったく違います。
でも、
「自分たちが当たり前だと思っている生活の向こう側には、誰かの労働がある」
ということを考えるきっかけにはなりました。
そして私は、あの大雪の日に、何時間もかけて家に帰った自分に、
「お疲れさんだったな……」
と、今さらながら言ってあげたいなあ(笑。

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