注(めっちゃ長いです)
軽いきっかけから始まった話
最初は、本当に軽い気持ちでした。
カロスの二次創作を書いているうちに、
「フランス語を少しでも知っていた方が、キャラクターの言葉にリアルさが出るかもしれない」
そんな理由で、ラジオ講座のフランス語を聴き始めたんです。
昔、英語の勉強でNHK講座にお世話になったこともあって、
深く考えずに「とりあえずこれでいいか」と選んだだけでした。
別にフランス語を話せるようになりたいわけじゃないし〜。なんて、軽く考えてた。
——ラ・ブリュイエールの「Les Caractères」を知るまでは。
「Art de la paroleを学ぶ~ラ・ブリュイエールを読む」
今日から始まった「NHK ラジオまいにちフランス語」応用編、
「Art de la paroleを学ぶ~ラ・ブリュイエールを読む」。
今日の講座で出てきたのが、ジャン・ド・ラ・ブリュイエール の言葉。
それに私は衝撃を受けたのです。
それは。
「puisez à la source(水は源泉から汲め)」
つまり、要約や解説ではなく、自分で原典に当たって学べ、という意味だという。
少しだけドキッとした。
今の時代、情報は簡単に手に入る。翻訳もあるし、AIもあるし、まとめもいくらでもある。
それっぽい知識なら、いくらでも『手に入ってしまう』。
でもそれは、本当に「知っている」と言えるのでしょうか?
そもそも私は、フラダリやプラターヌ博士にリアルな言葉を喋らせたいと思って、
フランス語を始めたはずだった。
なのに、
その「リアルな言葉」がどこにあるのか、急にわからなくなったんですよね。
答えは原典にあるのかもしれない。
でも、その原典に触れなければ、結局は「それっぽいもの」のままじゃないですか。
「原典で学べ」と言われて
じゃあ読んでみよう、と思って。ラ・ブリュイエールの本を探しました。
でも、——見つからなかった。
昔は岩波文庫から出ていたらしいけれど、今は絶版で、中古は驚くほどの値段がついてます。
「原典で学べ」と言われたのに、原典に辿り着けない現実‥。
情報は溢れているのに、「本物」に触れることが、こんなにも遠いなんて。
入口は広がっているのに、奥に進むほど道が細くなるような感覚。
なんとも不思議な気持ちです。
3回目でも難しい、それでも面白い
実は。
この講座を聴くのは、今回で3回目のリピです。
それくらい、一度では消化しきれないし、それでも離れたくないと思うくらいには面白いよ。
前半の3ヶ月で ジャン・ド・ラ・ブリュイエール を読み、
後半は ジャン=ジャック・ルソー や ヴォルテール といった啓蒙思想に進んでいきます。
正直、内容はかなり難しい。初めて聴いたときは、
テキストに書かれた文字を追うだけでていっぱい。内容なんかほとんどわからなかった。
2回目の時は、何とか文字は追えるようにはなりました。でも難しい。
それでも、どこか惹きつけられるし、すごく面白いと思ってしまった講座です。
だから3回目の今は、せめてシャドウイングだけでも、
「それっぽく」できるようになりたいと思っています。
現状は、ガタガタのカタカナフランス語なのだけれど(笑笑。
それでも「源泉」を探したい
そして思うのです。たとえ辿り着けなかったとしても、
「源泉を探そうとする姿勢」だけは、失いたくない。
簡単に手に入るものだけで満足してしまったら、
きっと自分の言葉も、どこかで止まってしまう気がするから‥。
カロスの二次創作のため、なんて軽い気持ちで始めたフランス語講座だったのに、
思いがけず、「学ぶ」ということを考えるきっかけをもらいました。
ちなみに、「まいにちフランス語」講座は、約一年半続けました。

半年空けて、今また始めたよ。
大学の時の第二言語って、今は全く使ってないし、なんなら全て忘却の彼方です。
たぶん、こういう寄り道の方が、
あとになって長く残るのかもしれません。学びってそんなものです。きっと。
ここまで長々と読んでくださり、ありがとうございました!
おまけ話し。
今回の話を書く中で思い出したのですが、
以前、ラ・ブリュイエールの『Les Caractères』を探して、
本屋や図書館を回ったことがありました。
そのときの記事はこちら〜。


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