16日と17日の「まいにちフランス語」は、「100年後には(Dans cent ans)」という文章で、
ラ・ブリュイエール は、世界をひとつの舞台にたとえていた。
舞台装置は変わらない。
けれど役者は入れ替わり、
喜ぶ者も悲しむ者も、やがて去っていく。
そしてまた、新しい役者が同じ役を演じる。
人間はただの役者にすぎない。
『Quel fond à faire sur un personnage de comédie!(芝居の登場人物など、あてにできるものなのだろうか)』
——そんな皮肉だ。
私は、この話を聞いて、少しだけ引っかかった。
もし世界が舞台だとしたら、
その舞台に立てている人と、
そうでない人がいるのではないか、と。
『同じ役を引き継いでいく』という前提そのものに、
うまく乗れなかった感覚が、私の中にある。
ちょうど、あの厳しい寒さの時期に社会に出た世代だからかもしれない。
前の世代から何かを受け取り、
それを次に渡していく——
そんなきれいな流れの外側に、
置かれていたような気がするのだ。
ラ・ブリュイエールのいた時代は、
宮廷という“舞台”がはっきり存在していた。
けれど現代は、
そもそもその舞台に立てているのかどうかすら、
曖昧な人も多いのではないかと思う。
もし彼がこの時代を見たら、
「舞台に立てない者」について、
どんな言葉を残すのだろう。

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