「まいにちフランス語」で、4回に渡って、
ラ・ブリュイエールの『物知り屋アリアス』という文章を読んでいました。
アリアスは、とにかく何でも知っている人です。
……いや、正確には、
「何でも知っているように振る舞う人」。
人の話に割って入り、
聞きかじった知識を自分のもののように語り、
会話の中心にいないと気が済まない。
しかも、間違いを指摘されると逆ギレする。
「俺の話は本当だよ?
だって、フランス大使のセトン本人から聞いたんだから(※意訳」
——と、堂々と言い返す。
ところが。
近くにいた別の人物が、
静かにこう言う。
「……あなたが今話しているその人、セトン氏本人ですよ?」
そこで話は終わる。
これ、ものすごく現代的なオチだなと思った。
少し前に流行った「スカッと系」の動画や漫画と、構造がほとんど同じなんですよね。
“知ったかぶりの嫌な人”が、
最後に事実を突きつけられて沈黙する。
17世紀にも、こういう「場の注目を浴びたい人」はいたんだなあと妙に感心してしまった。
でも。
この話、
実はかなり歪んでいます。
なぜなら、
本物の「セトン本人」は、すぐには口を挟まないんですよね。
嘘をついているアリアスの方が、やたら堂々としている。
むしろ本物の方が静かで、周囲もしばらくそれを止めない。
この空気、なんだか現代にもありませんか?
SNSでも、
職場でも、
本当に知っている人ほど静かで、
曖昧な知識の人ほど自信満々に断言していることがある。
ラ・ブリュイエールは、
ただアリアスを「嫌なやつ」を笑っているだけではなく、
“嘘をつく人間”と、
“それを許してしまう空気感”
‥という歪みを見ていたのです。
しかも今回の講座で面白かったのが。
先生方がアリアスの「嘘」を、「ミュートス(神話・作り話)」
という言葉で説明していたことです。
アリアスは、
最初から巨大な嘘をついているわけじゃない。
でも、
「俺は知ってる」
「セトンとは親友」
「自分の話は全部本当」
‥と、自分の言葉(嘘)を積み重ねていく。
その姿が、自ら破滅に向かっていくように見えて、ちょっと怖さを感じました。
しかも、
フランス語の文章そのものも面白い。
アリアスの言葉は、
自分を正当化する情報がどんどん付け足されていく書き方になっていて、
先生は、
「ハンマーで叩きつけるような言葉」
と説明していました。
勢いで押し切ろうとする感じなんですよね。
講座では、
最初は「語り」として始まっていた文章が、
途中から「本人が直接喋っている形」に変化している、
とも説明していたけれど、
正直、そこはまだ難しくて完全には理解できていません(笑。
でも。
難しい理論は全部わからなくても、
「ひとは17世紀からあまり変わってないんだな」
ということだけは、
妙にリアルに伝わってきた文章でした。

人間って、
結局、社会の中でずっと同じことを繰り返しているんでしょうね。

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